1960年代〜70年代初頭
カウンターカルチャーの嵐吹き荒れる渦中に音楽に開眼。特にブリティッシュ・プログレッシブロックに強烈な洗礼を受け、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、ソフトマシン、ホークウインド等のバンドに音楽の持つ力を伝授される。その後、ジャーマン・プログレッシブロック、およびヨーロッパのフリーインプロヴァイザーにもインスパイアされる。

1975年
東京の先鋭的美術学校「美学校」の教場<最終美術思考工房>に入学。コンセプチュアルアートの代表的アーティスト松沢 宥氏に師事し、その後の活動における基本概念を構築する。
同時に、同じく「美学校」にて教場を持っていた現代音楽家の小杉武久氏の音楽概念にも大きく影響される。
「美学校」在学中に「ゲシュタルト小劇場」をSaitoh(G)福田(cello)にて結成、後に松本(key)が参加(松本はその後「東京ロッカーズ」で知られるパンクバンド「ミラーズ」のベーシストとして活躍)東京都内および各地にて演奏活動を繰り広げる。
「美学校」諏訪分校に移籍するとともに、活動拠点を長野県の諏訪市および松本市に置く。
「美学校諏訪分校」のメンバーを中心に「SHIN」を結成。長野を中心に全国で演奏活動を行う。
SHIN」とは別にインプロヴィゼーション・ロック・ユニット「FIRST AID KID」を結成。

1976年
長野県「霧が峰」中腹にて野外コンサートを開催、ロック・ジャズ・現代音楽と言ったジャンルを越えた当時でも異色な野外フェスティバルとして注目される。小杉武久&美学校音楽教場のメンバーも参加。

1977〜79年
地元の群馬県に帰郷。
「MANTRA」を結成。当時、群馬県内初のシンセサイザーを全面的に導入したインプロヴィゼーションユニットとして注目を受ける。

1980年
「MANTRA」から「OMEGA POINT」に名称を変更する。
ドラム担当のメンバーが加入。ロック色の強いインプロヴィゼーションを展開する事となる。
自主制作カセット「OMEGAPOINT/1st」リリース

1981年
自主制作カセット「OMEGAPOINT/2nd/Double」リリース

1982年
Ryu(Dr)
、林(G)加入。
新メンバーによる「OMEGAPOINT」始動。新メンバーの加入により、そのサウンドは、よりアクティブな形態へと変貌。

1983〜84年
この時期、フレッド・フリスの日本ツアー群馬公演を開催。フリスはその後「スケルトン・クリュー」でも再びパフォーマンスを行う。
また、「突然段ボール」との交流も開始し、「突段」が招聘したロル・コクスヒルのライブも企画、サポートを行う。
ギターの林脱退と共に、Saitohはソロ活動に移行。
パーカッションのRyuと共に、フリーインプロヴィゼーションの原点に戻り新ユニット「FMC」を結成。複数のメンバーとの演奏活動を開始。

1985年
ライブで知り合った「CMデザイン」の塩島(B)岩田(Dr)と共に新ユニット「FORCE MUSICK」を結成。
このユニットは「OMEGAPOINT」の演奏を、より進化させたかたちのロック・インプロヴィーゼーションを展開。同年、1stカセットアルバム「サイキック・ディフェンス」を「突然段ボール」のレーベル「フロアー」よりリリース。精力的にライブ活動を実施するが、1stアルバムリリース後、ドラムスの岩田が脱退。一時活動停止状態となる。その後、元OMEGAPOINTFMCで活動したRyu(Dr)が加入するがライブパフォーマンス1回のみでRyuも脱退。

1986年
FORCE MUSICK」は解散。強烈なオリジナリティと演奏力を持つ、正にFORCEを現出するユニットであり、その解散は惜しまれた。「FORCE MUSICK」解散後、Saitohは再びソロ活動に入ると共に企画、プロモーション活動も開始。

1980年代後半〜1990年代前半
TV&
ラジオ番組の企画制作およびイベントの企画制作に主軸を置いた活動を行う。
FMぐんま」にて音楽番組「FM-D」を企画・制作。この番組はJAZZ&ROCKシーンで活躍するsax奏者、梅津和時氏をパーソナリティに迎えたオール・ジャンルの音楽番組。「FM-D」と連動したライブ・シリーズ「LIVE-D」を企画・制作。アルバート・キング、山下洋輔トリオ、ローグ、シーナ&ロケッツ、サムルノリ、暗黒大陸じゃがたら、ソルト、パーソンズetcのジャンルを超えたライブシリーズであった。「群馬テレビ」にてエンターテインメント番組「トランス」を企画・制作。音楽シーンも紹介。番組中には当時では珍しかったインディーズバンドの紹介コーナーもあった。

1996年
OMEGAPOINT」を冠したレコードショップ&レーベルをスタートさせる。
このショップ&レーベルから多くのインディペンデントな音楽の紹介を開始。またレーベルよりCDをリリースする。このショップ内にてライブイベントも定期的に開催。多くの先鋭的アーティストのライブを開催する。
ショップ・ライブ招聘アーティスト(MSBR,AUBE,GOVERNMENT ALPHA,K2,大友良英&SachikoM,向井千恵,突然段ボール,RUNSELSTIRN&GURGELSTOCK,SPASTIC COLON.etc)
Saitohも「OMEGAPOINT」名義にてライブ・パフォーマンスを再開。また、ソロ活動以外にインプロヴィゼーションユニット「Northern Cosmic Trigger」を開始。一時的に新メンバーにて「FORCE MUSICK」を再結成。
1stデモ」およびOMEGAPOINTレーベル・オムニバスCD「NORTHERN PSYCHEDELIA」に音源を残すが解散。

1999年
レコードショップ「OMEGAPOINT」活動停止。
新たなレーベルとして「Omega Point Organization」を発足し活動を継続する。

2000年〜2004年
新世紀の夜明けと共に「OMEGAPOINT」はSaitohのソロ・パフォーマンス名義に戻り、新たにVJチーム「491UNIT」と音と映像のコラボレーション・パフォーマンスを開始する。

2005年 
9月 「OMEGA POINT」24年ぶりの3rdアルバム「DRONES」をリリース。ここ数年追求してきたドローンサウンドの集大成とも言うべき作品。

2006年 
1月 「point>2012」開始。
5月 「群馬県即興音楽協会」を設立。会の趣旨は即興音楽の普及と振興。
9月 24年ぶりにOMEGA POINTにRyu(per)が復帰。新たなる展開を開始。

2007年
1月 MENTAL DAWN 2007 > POINT 2012 機構始動。
2月 活動拠点を東京に移す。


2008年
11月 プロジェクト「Dimension Zero」第1期スタート。


2009年

6月 東京より群馬に戻り新たな活動を開始。
9月 Omega Point Organizationを改め、O.P.O ambientworksを発足。


2010年
1月 O.P.O ambientworksより音源のダウンロード・リリースを開始。
    新作「Dimension Zero」をサイトにてSOUND FILEリリース。
    音霊行の振興と普及を目的とした「音霊乃宮」を設立。

OMEGA POINT (Omega-P-Saitoh), and related works